2007年9月18日火曜日

ある日のラヴ・レター


 

悪を書く度量がありません。と、何処かでこの人は答えていた。きっと彼女は怖いことも書く度量がありません。と、言うんじゃなかろうか?と、川上弘美の「いとしい」を読んでそう思った。

まだまだまだまだと言い続ける。そんな強欲な女の人を、彼女は決して怖くは書かない。剥き出しの感情もやさしく包んでは、おかしみを誘っては、色濃い空気を湛えた女の人へと変貌を遂げさせてくれる。ありがとう。時にわたしは彼女にそう言わずにはいられない。ありがとう。やさしくしてくれて怖くしないでおいてくれて。アナタのことは永遠に忘れませんと。あっ、永遠、えいえん、エイエン…。そうわざと声に出して言ってみたりする。永遠が実はまだまだ怖いわたしの肝試し。

時には人にまだまだまだまだと言ってみたり。肝試しに永遠と言ってみたりする。そんなわたしです。アナタはわたしのこと怖くはないですか?



数を数える癖のある妹と。腰まで届く髪をいじる癖のある姉の物語。妹は夏のある日に、長く伸びた姉の髪にからまってしまったことがある。

 「暗い夜→銀色の世界→美しい声→短所を直す→ごま油を買う→歌って歩く→小屋を作る→幸せになる」


矢印は左から右に流れていくもの、そうあって下さいと誰もが思うけれど。最後まで辿り着いてそこで物語は閉じて下さいと。もしくはもっと曖昧に、小屋を作る、歌って歩くあたりで止まってしまってくれてもと。それでも人は、ついつい右端から左の頭にまたまた矢印を結んでしまう生き物なのだ。再び訪れる夜はさらに暗く。銀色の世界はただもう寒く。そんな永遠のメビウスは重なる度に凶暴化していくのかもしれないね。なんて。


 「スキ」とはなんだろう。


キスもセックスもするスキ。しないスキ。もう一度会いたいけれど、会わないのスキ。会うスキ。姿のあるスキ。ないスキ。確認して安心するスキ。しないスキ。言葉を届けるスキ。いらないスキ。兄のスキ。妹のスキ。兄と妹のスキ。姉と妹のスキ。あの頃のスキ。今のスキ。アナタのスキ。アナタのかつてのスキ。わたしのスキ。わたしのかつてのスキ。わたしとアナタのスキ。


目を閉じて。わたしが彼とするキスもセックスも、どこかで生き残ったキスでセックスのような気持ちになる。スキの総決算の頂点に君臨した奇跡のようなキスでセックス。生き残れなかった誰かとの上に、私たちのそれはある。その様々な屍を踏みつけては目を閉じる。まるで人類が辿った歴史を一瞬にして垣間見るように、わたしはカタチにならないものを想起する。アンモナイトや三葉虫や恐竜の末路を想うように。さかなやとかげや昆虫の来た道を想うように。わたしはアナタとキスをする。わたしはアナタとセックスをする。目を閉じて。わたしはカタチにならないものを想起しつづけながら。


 「誰かを好きになるということは、誰かを好きになると決めるだけのことかもしれない」


ああ、そうかもしれないね。あの夏絡み合ってしまった姉と妹は、人を強く恋うたり、強く恋うた人と別れたりしながら、二人とも辛いおもいをする。それでも、時は流れて、案外のんきに暮らしている。それはすべての登場人物が、そうであって。皆が皆、音もなくどんどん変わっていく。人ばかりでなく、動物も、日の光も、カタチあるものはすべて皆これ変わっていく。ただ、変わらないモノは、あの時死んで、幽霊のようなものになってしまったマキさんとアキラさんの二人の営みと魂だけ。悲しい声をあげたまま、永遠に、あの部屋で情交を繰り返す。


 「愛って、何なんでしょうか」


ああああ。その答えは、わたしごときには決して決して永遠に分からないかもしれないけれど。


生き残ろうよ。


二人で。二人は。二人が。最後に生き残ろうよ。決して死なないこと。何処までもいつまでもしぶとく生きて、生き残ること。それがこのメルヘンを本物にするただ一つの方法だから。もしくはこの「愛」というヤツを実証する術の総てだから。ねえ。愛してるよ。

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